『天気の子』ネタバレ感想 引き金は二度引かれる。一度目は怒り、二度目は君に会うために
『天気の子』を見に行きました。ポイントを3つにまとめて感想を書いてみたいと思います。ネタバレを含みますのでご注意ください。
(C)2019「天気の子」製作委員会
1.新しい東京の表現、都市の終焉
(C)2019「天気の子」製作委員会
新海監督の描く東京は、素晴らしく美しいです。『君の名は』でも東京の表現は絶賛されていましたが、『天気の子』もものすごいクオリティです。雨のシーンは圧倒されるような美しさです。
これは宮崎駿監督や押井守監督には見られない特徴だと思います。庵野監督もここまで現実の東京を美しく描こうとはしていません。
宮崎駿監督は世代的に反権力でビバ農業、ビバ田舎です。「昔が良かった」という思いがベースにあって、新しい技術は人を破滅に導きます。
押井守監督はそこまでの現代否定はありません。迷宮のような都市が抱える闇を『攻殻機動隊』や『パトレイバー2』で表現しています。
庵野監督はメカニカルな美しさとその破壊です。鉄道といい、電線といい、破壊されるリアリティにあふれています。素晴らしくきれいに作り上げたジオラマをぶっ壊す快感にあふれています。
一方、新海監督の描く都市は本当に美しく、当たり前にある都市の姿を肯定的に描きます。いままで他の監督が「昔は良かった」「闇がある」「ぶっ壊れてしまえばいいのに」という都市像を、「多くの人が住む、美しくきれいな風景」に昇華しています。
きっと映画館を出た多くの人が都市の美しさと、天気の素晴らしさに感動することでしょう。たとえ天気が晴れていても、雨であっても。
でも、東京は水没します。
「あの日私たちは世界の形を決定的に変えてしまったんだ」
帆高と陽菜は世界の形を変えてしまいます。あんなに美しく描いていたにもかかわらず、新海監督は東京を水に沈めてしまいます。雑多な生活感にあふれて、ときどき驚くような美しさを見せる東京なのに、それを水に沈めるなんて。
「200年前までは海だった場所が、また海に戻っただけ」新海監督は言います。ということは、さらに時間が進めば東京自体が昔に戻って、なくなってしまいます。『君の名は』で糸守町を彗星でふっとばし、東京は水没させる。
限りなく美しく、そして少年少女の願いで終焉を迎える、狂った世界の美しい都市・東京がこの映画にはありました。
2.陽菜、自己犠牲の先
(C)2019「天気の子」製作委員会
陽菜はお母さんのために祈り、弟の凪のために働き、帆高にビックマックをこっそり渡します。そして東京に住む多くの人のために人柱として、自分を犠牲にしても雨を止めようとします。
母親もいなく、弟と子供だけの二人暮らしで、自分を犠牲にしても弟をどうにかしたいと思っています。
そして帆高に頼まれて「お天気お届けします」サービスをします。自分の体がだんだんと透けてきて、人柱として犠牲になる予兆があっても周りに言わずに続けてしまいます。
「……どうして君が泣くかな」
ホテルのシーンのセリフです。陽菜は最後には人柱として異常気象を終了させるため、犠牲を覚悟するのです。まるで童話に出てくる人身御供のお姫様です。
帆高はそんな運命を切り開く王子様役です。たとえ帆高が犯罪を犯したとしても。
3.帆高の弾丸は、二度放たれる
(C)2019「天気の子」製作委員会
帆高は島から家出をして東京に来ます。須賀さんとひょんなことから知り合います。また別件で銃を偶然手に入れてしまいます。
拳銃は象徴的な意味を持ちます。「チェーホフの銃」とは「登場した拳銃はその後の章で必ず発砲されなければならない」という有名なフレーズです。拳銃は力の象徴という意味もあります。武士にとっての刀のように、ここにあることだけで意味があり、圧力があります。帆高が持っているのが自動小銃だったら全然話が変わってしまいます。
帆高は16歳の家出高校生で身よりもなく、ぽつんと一人で東京で生きていかなくてはいけません。当然、思うような事はできず、生き延びることだけが目的になっていきます。
最初の発砲は、そんな帆高のたまりにたまったうっぷんが引き金になります。力関係をひっくり返すような拳銃の威力。そして怒りに任せて引き金を引いても、何も変わらない、逆に悪化してしまう現状があります。
二度目は、大人や権力に向かって引き金は引かれます。勢いに任せて引いた最初の引き金とはちがい、二度目は震えるながらではありますが、確信をもって帆高は発砲してしまいます。
最初は帆高は自分のことばかりです。
島にいたくなくて逃げ出して、東京をさまよい歩いて、須賀さんに拾われてなんとか生き延びます。陽菜にあっても利害関係が一致して「お天気お届けします」サイトを開いたりします。
でも帆高は陽菜に対する恋心に気づいてから、だんだんと陽菜のために行動するようになります。この狂った世界が陽菜を犠牲にして成り立っているのなら、犯罪を犯してでも陽菜ともう一度会いたい。二度目の発砲は、もう一度陽菜に会いたいという強い思いです。
作中で二度放たれた弾丸は、少年時代が終わり、権力に逆らい、そして狂った世界を全否定するものです。陽菜を犠牲にする狂った世界なら、そんな世界こそ壊れてしまえ。
帆高のしていることは犯罪であり、人に銃口を向けるという事自体が許されることではありません。でも新海監督は新海流に、たった二人で世界をぶっ壊してしまったんです。
まとめ
『天気の子』について新海監督本人は、
「この映画について『許せない』と感じる人もいると思いました」
と語っています。確かに賛否両論あるかと思います。でも刺さる人には刺さるに違いありません。
自分は案の定『天気の子」がハートにぶっ刺さてしまいました。単純に陽菜ちゃんがかわいいんですが、新海節が炸裂していて鑑賞後もあとに尾を引くような感覚が抜けません。
多分もう一回観ます。
追記:結局、3回観ました。
『天気の子』の疑問点
『天気の子』は疑問点や未回収の伏線がいろいろと気になる作品でした。新海監督本人がわざと回答していない部分もあります。答えがない部分もあるでしょうし、逆にかんたんに答えがあるところもあるでしょう。自分が気になった部分のリストだけ載せておきます。
1)陽菜の母親、父親は?
2)水の変形とは?
3)帆高の家出の原因
4)須賀のなみだ
5)須賀はなぜ島に行った
6)割れるチョーカー
7)ラストシーン・陽菜の祈り
Amazonプライムでは新海監督特集が組まれています。過去作品が結構無料で見れます。
Amazon『天気の子』
小説 天気の子 (角川文庫) 文庫 – 2019/7/18 新海 誠 (著)
新海誠監督作品 天気の子 公式ビジュアルガイド 大型本 – ビッグブック, 2019/8/30
『天気の子』関連動画
ご参考になりましたら幸いです。
Copyright © 2016-2019 kaigyou-turezure All Rights Reserved.