【感想】『アクトアウト 上・下』 冬房 承 (著) 跳べない傷ついた天才のビッグチャレンジ【マンガ感想・レビュー】追記:冬房承先生からお返事いただきました!
『アクトアウト』 冬房 承 (著)、とても素晴らしい作品でした。
無冠のフィギュアスケーターいばらと、踊れなくなった天才バレエダンサー、ヴァシリーの二人の友情のお話です。
ものすごい絵が上手いです。透明感のある描写が素晴らしいです。そして二人は自分たちが抱えている問題に直面して、揺れ動きながらも自分の進むべき道を進んでいきます。
傷ついて跳べない魂を、同じように傷ついた魂が救い出す、という胸が熱くなるようなお話です。
絵も素晴らしいですが、セリフもすごいです。バレエファン、フィギアスケートファンはもちろんのこと、広く読まれてほしい作品です。素晴らしい作品に出会えました。これは、すごいオススメです。
名雪いばら
一流のフィギュアスケーターで才能も技術も素晴らしいのですが、本番では本領を発揮できません。ファンからもコーチ陣からも見放されつつあります。
(『アクトアウト 上』より)
ヴァシリー・ミハイロヴィチ
”神童”と呼ばれた天才バレエダンサー。傷害事件でバレエ界から姿を消した。突然に自ら、いばらの振付師を希望します。
(『アクトアウト 上』より)
二人のファースト・コンタクト
ヴァシリーはいばらの演技を酷評します。美学も情動もなく芸術性に欠け、かといって闘争心のあるファイターでもない。
ひどい言葉でしたが、いばらは自分のことを丸裸にされているような気がしました。彼の言葉が、いばらの本質をついているのでしょう。
”諸苦の所因は貪欲これ本なり”。妙法蓮華経(譬諭品第三)からです。
ヘラヘラしているのに、いばらがこれほど苦しんでいるのは、満たされていない部分があるからだ、とヴァシリーは見抜きます。
(『アクトアウト 上』より)
いつも決めてたんだ。ここで死ぬって
ヴァシリーは傷害事件のあと、バレエ界から姿を消します。バレエではヴァシリーは天才でした。すべてを出し尽くして、バレエを去ったのです。
(『アクトアウト 上』より)
アドリアン・レネ
同じく振付師のアドリアン。今季はアドリアンがいばらの振り付けを担当しています。来季にはステップだけをアドリアンにやってもらい、ヴァシリーが振り付けをする、という話です。アドリアンはその場でイエスとは、言いませんでした。
(『アクトアウト 上』より)
オスカー・レンフロ
現世界王者。四大陸選手権の金メダルはすべて彼が獲っています。子どもがそのまま大人になったような性格で、いばらには妙になついています。
(『アクトアウト 上』より)
いばらの母、志帆子
昔バレエをやっていた母。いばらもバレエをやっていたが、フィギュアに転向しています。実は、毒親。
(『アクトアウト 下』より)
母から逃げ、傷つく二人
ヴァシリーは父と母から逃げ、結果的に母は父にDVで殺されてしまいます。いばらがフィギアスケートの練習に熱心なのは、母からなるべく距離を置くためだけです。ヴァシリーもいばらも、二人とも母親から逃げ、そして傷つき続けています。
(『アクトアウト 下』より)
ここでヴァシリーがいばらの母に言われた「負け犬」が、ラストシーンのいばらのセリフにつながります。
母親が死んで動けなくなったヴァシリー
ヴァシリーといばらは、実は似た心の傷と戦っています。
父のDVから逃げるために母を置き去りにしたヴァシリー。結局は母は死んでしまいます。自分の傷害事件で、母を置き去りにした報いが来た、とヴァシリーは思ってしまいます。それからヴァシリーは踊れなくなってしまいます。
いばらの母は毒親です。母は笑顔を見せながら、いばらを傷つけていきます。助けようとする人々をいばらは切り捨てて、母と子の二人だけの雑音がない世界で傷つき続けています。
(『アクトアウト 下』より)
いばらを見つけたヴァシリー
傷害事件以来、踊れなくなったヴァシリー。偶然にいばらを見つけます。高い技術を持ちながら居場所のない、いばら。ヴァシリーはおそらく昔の自分と同じ姿を、いばらのなかに見つけたのでしょう。
(『アクトアウト 下』より)
気持ちが滑りに乗るほうなんじゃないかな
周りの人は、いばらが何を考えているのかよくわからない。滑りに情熱も芸術性もないと思っています。でもヴァシリーは下巻で、気持ちそのままが滑りに出ているといいます。
つまり上巻からずっと続いていた消化不良ないばらの演技は、そのままの彼の気持ちなのです。彼自身が表現する気がなく、母親のせいで表現することができない気持ちのまま滑っていたのです。
「滑り=いばらの気持ち」として、最初から読み直してみると、よりいばらの感情がよく分かるとおもいます。
(『アクトアウト 下』より)
いばらのジゼル
以前は酷評されていた、いばらのジゼル。シーズン終了間際になってもジゼルの相手、アルブレヒトの心がわかっていなかったいばらでしたが、シーズンオフのアイスショーで急成長を遂げます。
(『アクトアウト 下』より)
・ヴァシリーの造形はソ連生まれの名バレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフの影響があると思います。幾多のドキュメンタリーが制作されているヌレエフのように、幼少時代は不遇でしたが、多くの指導者に恵まれ、その天才を伸ばしていきます。
・この作品を読んで、この言葉が頭に浮かびました。
「バレエは魂による飛翔である」(アレクサンドル・プーシキン)
そう言ったプーシキンは、ルドルフ・ヌレエフの名師匠です。幾多のいじめから逃れるためにヌレエフはプーシキンの家で暮らしていたこともありました。
・いばらは、設定はぜんぜん違うのですが、どうしても羽生結弦選手のイメージで読んでしまいます。とくに下巻の最後のシーンは、まるで羽生結弦選手のようです。このページ、何度読んでも胸が熱くなってしまいます。
そしてこれから、というところで期待感のあるラストになりました。
もし続編があるのなら、とても読みたい作品です。
電書とコミックについて
電書では限定マンガ(1P)があります。
ベルケマンの法則(おそらくベルクマンの法則)
寒い地方ほど、同じ種類の動物でも大きくなる、という法則のことです。ヴァシリーはロシア産で、大きいですからね。
コミック限定でカバー裏にイラストがあります。
上巻カバー裏
自己申告らしいです。
下巻カバー裏
設定とのことですが、この2枚の絵がすごい好きです。家族や友情を感じられる絵です。
(『アクトアウト 下』より)
ロシア迷信いろいろ
作中にはいろいろなロシア迷信が出てきます。
・食器が割れるのは幸運
・あげる花は奇数が基本。
偶数だと不幸を呼ぶ。偶数のバラやカーネーションはお墓用です。
・忘れ物をしても途中で戻らない。
途中で戻ると縁起が悪く、どうしても戻らなくてはいけないときは鏡を見るとよい。特に鏡に変な顔をしてから家を出るとよいらしいです。
まとめ
本当に素晴らしい作品でした。ものすごく深い作りのお話です。
タイトルのアクトアウト act outには、「劇の場面を演じる」の他に「行動で示す」「感情をあらわに出す」という意味があります。いばらがフィギュアスケーターとして「演じる」ほかに、子どもとして、男性として、今まで表現することができなかった「感情をあらわに出す」という意味も含まれているのかもしれません。
気がついたら夢中で読んでいました。そして、この二人がまだまだお話をつむぐ途中なんだなと思うと、その先が読みたくて仕方ありませんでした。
この本を読めてラッキーでした。そして、いっぱいの人に読んでもらってほしい作品です。すごいオススメでした。
追記:冬房 承先生からお返事いただきました。ありがとうございます!続編期待して待っています。
お返事遅れてしまい申し訳ありません、ご購入頂きありがとうございます!
— 冬房承📚単行本発売中 (@JOEfyfs) November 21, 2020
小ネタや言葉の意味合いなどをとても細かく拾って頂けたようでとても嬉しいです😊
【電子限定!描き下ろし特典ペーパー収録】世界レベルの技術を持ちながらも大技では必ず失敗してしまう、無冠のフィギュアスケーター名雪いばら。腑抜けた演技を繰り返しスケートファンからも見放されつつあるいばらの元に、かつて『神童』と謳われたバレエダンサー ヴァシリー・ミハイロヴィチがやって来る。「芸術も闘争も楽しめないクセにどうしてリンクにいるの?」芸術(バレエ)に身を捧げたヴァシリーからの問いかけに返す言葉もないいばらだが、次の国際大会はもう目前まで迫ってきており…。
ご参考になりましたら幸いです。
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