勤務医開業つれづれ日記・3

あふれる”好き”を形に。おすすめ漫画8割、ライフハック2割の院長ブログです。

【映画『ラスト・レター』】二次創作『拝啓、乙坂鏡史郎さま』 

岩井俊二監督、ならびに映画『ラスト・レター』に敬意を表します。
★ネタバレありの映画『ラスト・レター』の二次創作です。

以下、嫌いな方はご注意ください。


★登場人物みんながきちんと幸せになってほしくてラストを創作して書きました。
★手紙やお葬式、花火のシーンを伏線としてお話を追加しています。

 

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★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★

 

私の神よ、あなたをお愛しながら
また、あなたを愛していることを自覚しながら
世を去る恵みを
どうか私にお与えください
『聖人たちの祈り』石川 康輔より)

 

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 

高校の頃に知り合った未咲とは短い間だったけど、恋人だったことがある。

 

高校生のときに未咲に一目惚れした僕は、未咲に何通ものラブレターを書いた。そして未咲の妹の裕里に渡すように頼んでいた。いくつかの行き違いがあり、いくつかの間違いがあり、僕は高校のときはラブレターの答えをもらうことはできなかった。

 

高校卒業のあと、僕と未咲は同じ大学に入学した。僕と未咲はほんの数ヶ月だけ付き合い、そして別れた。僕はそのあまりに未熟だった恋を「未咲」という小説にして、小説家となった。

 

未咲は鮎美を生み、妹の裕里は颯香を生んだ。そして未咲、君は自らの手で永遠にこの世を去ってしまった。

 

「鏡史郎さん」

 

鮎美は浴衣を着ている。太陽は傾き、夕日は徐々に暗闇に吸い込まれてきていた。陽の光は弱くなっても蒸した暑さがまとわりついている。少し汗ばんだ鮎美は髪の毛を人差し指で耳の後ろにかける。

 

未咲の娘の鮎美に呼び止められると、ドキッとする。未咲、まるで君がそこにいるような気がするからだ。鮎美は、僕の不自然な驚きに少し驚きながらも話を続けた。

 

「母の手紙があったんですけど……」

「え?」

「手紙は鏡史郎さんあてになっていて」

 

僕は口の中が一気にカラカラに乾くのを感じた。手のひらにいやな汗がにじむ。

 

「未咲が、僕に?」

 

僕は努力してなるべくゆっくり、おさえた低い声を出した。そうでなければ変な声を上げてしまいそうだった。

 

「はい」

 

僕は動揺をなるべく鮎美にさとられないように手紙を受け取った。でも心臓が大きく鳴って、首から上がどうにかなりそうだった。僕は奥の間の未咲の遺影の前に座り、手紙を開封した。

 

未咲から僕が受け取った初めてで、最後の手紙だった。

 

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 

拝啓、乙坂鏡史郎さま

 

初めてお手紙書きます。


高校生のころ、鏡史郎くんからあれほどいっぱいお手紙をいただいていたのに、私からあなたへお手紙を書くのは初めてです。なんだか不思議な感じがします。

 

あなたのことをどのくらい覚えているか、と聞かれたら昨日のことより鮮明に思い出される気がします。初めて鏡史郎くんに会ってから随分と月日がたってしまったけど、私にとっては懐かしい、というよりほんの少し前の出来事のようです。

 

初めてのときはマスクをしたまま鏡史郎くんに挨拶をして、妹の裕里に怒られてマスクを外したのを覚えています。私が生徒会長をやっていたのは、もともとは同級生に推薦されたからなのですが、本当に自分がいるはずの場所とは違う感じがしていました。

 

治ったはずのインフルエンザにかこつけて、長々とマスクをしていたのは、なんとなく学校でのいろいろなことに疲れてきて、他の人の前に出たくなかった気分のせいだったと思います。

 

でも静かな生徒会室に一人きりで書類書きをしながら、体育館からバレー部やバスケ部の部活の音がかすかに響いてくるのはとても好きでした。

 

生徒会室で机を動かしながら放課後の部活の予算会議の用意をしていると、鏡史郎くんが、とんでもなく早い時間なのに生徒会室に入ってきました。

 

「手紙、読んでますか?」

 

突然、鏡史郎くんがそんなことを言ったので、私は頭が真っ白になりました。事情が飲み込めず、なんだか変なことを言った気がします。

 

数日後に妹の裕里から、鏡史郎くんの手紙の束を渡されました。

 

「なんで、いつもお姉ちゃんばっかり!」

 

涙を浮かべた裕里は、私のことを強くにらみ、そして部屋のドアを強く閉めました。裕里は普段あまり強い言葉を使いません。姉妹であまり口喧嘩もしませんでした。どちらかというと、怒ると口をきかなくなるようなタイプでした。私が覚えている限りではこのときほど強い口調で言われたことは、他にありません。

 

鏡史郎くんからラブレターを受け取ったあとの高校時代は、わたしにとって宝物のような時間になりました。いまでも私の心の中にあって、小さくきれいに光り輝いています。

 

卒業式の答辞を鏡史郎くんに直してもらったの、覚えていますか?

 

生徒会長の任期は3月末までだけど、10月からはほぼ2年生に仕事を任せます。少しずつ仕事が減って、いろいろな仕事を後輩に申し送りして、生徒会長の役目として最後に残ったのが卒業生代表の答辞です。

 

私は仕事が減るに従って、少しずつ生徒会長ではない本当の自分を取り戻していきました。そして鏡史郎くんの好意を受け止められる余裕ができてきたように思います。

 

鏡史郎くんは夏目漱石を読んだりしていましたよね。私は図書館で借りた本もほんの少ししか読んでいません。君は文章が上手くて、自分の気持ちを形にできる人だと思いました。鏡史郎くんに手を入れてもらった卒業式の答辞は、どこかから借りてきた文章ではなく、ピカピカの自分たちのための言葉になった気がしました。

 

今でも鏡史郎くんに直してもらった卒業式答辞の原稿を持っています。私にとって大切な、君からの贈り物です。

 

裕里には申し訳なかったと思います。
結局、私は裕里の好きな鏡史郎くんと付き合って、挙げ句に私はまたたく間に姿を消してしまったのですから。

 

鏡史郎くんを捨てて。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

鏡史郎くんと大学で再開した日を今でも覚えています。

 

私は高校を卒業し、地元を離れ、鏡史郎くんと同じ大学に行くことができました。私は本当に頑張って勉強しました。あのころは言いませんでしたが、鏡史郎くんは天才肌なので、小説を読みながら片手間に勉強していましたよね。私は君のそんなところに嫉妬していました。

 

私は真面目だけが取り柄で、人より先にスタートして、全力で頑張って、そして最後まであきらめない、ということをしないとダメだということを知っていました。

 

高校の頃に鏡史郎くんと付き合えなかったのも、そんな理由です。きっと君と付き合ったら勉強なんて手につかなくなってしまいます。まずは大学に合格すること。それだけを考えて頑張りました。大学に入ってからもプライドが邪魔して、君に言うことができなかったけどね。

 

入学式のやっているキャンパスで、鏡史郎くんに出会えたのも実は偶然ではありません。いろいろな人に聞いて、君の住所も学部も知っていたし通学の路線も予想していました。予想した道筋で、予想した時間に私はいました。そして、鏡史郎くんはちゃんと私を見つけてくれました。

 

「合格おめでとう」

 

鏡史郎くんが照れながら私に話しかけてきました。

 

「それは君もだよ〜」

 

鏡史郎くんの肩をたたきながら、私も照れてしまいました。そして鏡史郎くんの肩の位置が、自分が思っているより高くなっている気がしました。

 

「鏡史郎くん、背のびた?」
「……そうかも。毎日10時間は寝るようにいていたから」
「なにそれ!?」

 

四当五落など、当時は寝ないで勉強しないと合格しないと言われていた時代です。鏡史郎くんはたっぷり睡眠をとって、しかも小説を読みながら受験に合格してしまったのです。

 

「でも、眠いと勉強はかどらないよね」

 

鏡史郎くんは真面目に答えました。自分をしっかり持っていて、他の人の意見に惑わされない鏡史郎くんがまぶしく見えました。

 

「鏡史郎くんってひどい。まあ、でも許そう。鏡史郎くんだから」

 

鏡史郎くんが苦笑いしました。以前、鏡史郎くんは私のこともそんなふうに言ったことがあるそうです。

 

鏡史郎くんと同じキャンパスに行く。晴れた日も雨の日も、ずっとそういう日々が続くのだと、あのころの自分は本気で思っていました。まさか、ほんの数ヶ月で終わる夢だとは、思っていませんでした。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

阿藤陽市に会ったのは、大学のキャンパスでした。

 

嵐のような、獣のような人でした。

 

そのころの自分に何かできたのだろうか、と今でも考えます。もしあのとき阿藤に出会った場所を通っていなかったら、阿藤と会ったときに違う言葉をかえしていたら、一つ一つのことに抵抗できていたら、と。

 

鏡史郎くんと大学で過ごした数ヶ月とは全く違う日々でした。人間の奥底でうごめく厳しくつらい感情が、私の日常になりました。

 

でも私は阿藤に、私の運命にあらがえなかった。強力な負の引力で、私は阿藤に吸い込まれてしまいました。彼の暴力に巻き込まれました。そこにあるものが危険だとわかっていても、私はどうしても抜け出せなかった。

 

……いいえ、ごめんなさい。全部、自分の言い訳です。

 

自分を傷つけ、阿藤を傷つけ、二人の間に生まれてきた鮎美も傷つけ、鏡史郎くん、君を傷つけました。君の才能を傷つけました。遠くまで行けるはずの君の未来を傷つけました。私のことを小説にしなくてはいけないほど、傷つけてしまいました。

 

私が鏡史郎くんを裏切って、君のもとを離れたのは事実です。言い逃れはできません。君は優しいからきっと許すよ、というに違いありません。でも憎んでくれていいです。私は君を傷つけた人として、「未咲」のモデルとして、憎まれるはずの人間です。

 

鏡史郎くんとは手を握ったことしかなかったけど、愛してました。
数ヶ月しか君の隣りにいませんでしたが、愛してました。
あの日々を、あの空間を、そして鏡史郎くんを、今でも愛しています。

 

■ ■ ■ ■ ■

 

実家にある、古い聖書にはこのような一節があります。

 

「人は死んでしまえば
もう生きなくてもよいのです。
苦役のような私の人生ですから
交替の時が来るのを私は待ち望んでいます」
(旧約聖書 ヨブ記14.14 新共同訳)

 

私は鮎美と一緒に阿藤から逃げ、実家に転がりこみました。古い地元ですから、周囲から好奇心の目で見られるに決まっています。傷ついた私は、実家に戻ってからはまったく外に出ることはできませんでした。

 

私は死の淵に立っています。私にとって死は別な部屋で、その部屋に移ってしまえば元の部屋に戻ることはできないだけの別な場所です。淵から向こうに行って、世界を変わるだけなのです。苦役のような私の人生に区切りをつけたいのです。

 

いま最後に見えているのは朝日です。人生の最後に魔法がかかっています。山の葉や風、光、あらゆるものが美しく見えます。

 

残していく鮎美。いとおしくて、いとおしくてたまりません。ごめんなさい。決して自分が悪いとは思わないで。ママは、ママだからこういうふうにしか生きれなかった。こういう選択しかできなかった。それは鮎美のせいじゃありません。決して自分を責めないでください。そして幸せになってください。それがママの希望です。本当にごめんなさい。

 

お父さん、お母さん、一生懸命にいろいろしてくれたのにごめんなさい。お父さんとお母さんが悪いわけではありません。私が悪いの。私が決め、私が間違い、私の責任なの。自分のせいだと悔やんだりしないでください。

 

鏡史郎くん、私をきちんと愛してくれた人でした。そして私の未熟さゆえに、傷つけ、きちんと愛しきれなかった人でした。私たちがお別れしたあの日が、私のなかで何かが決定的に壊れてしまった日だったのです。

 

ただ一人、鏡史郎くんが楽しく、美しいだけの未咲を知っています。私という存在に意味があるとしたら、鏡史郎くんのなかに美しい形で残っている部分です。君がいてくれたことは救いでした。宝石のように美しい思い出を、小説の「未咲」という形にしてくれてありがとう。傷つけてしまった私が言うのも何だけど、君も幸せになってほしい。心からそう思います。

 

こんなときでも、夜が明けて朝日を見るのは、ほっとします。

 

わたしはこの朝を越えられません。最後の朝だから、もう二度と新しい一日は来ないから。だからほっとしているのです。おかしいですね。


遠野未咲


★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 

 

僕は未咲からの最初で最後のラブレターを読んで、声を上げて泣いた。未咲の遺影の前で泣いている僕の横に、浴衣姿の鮎美が何も言わずに立っていた。僕は未咲の手紙を鮎美にわたした。

 

鮎美はハンカチを僕に渡してくれた。僕はボロボロに泣きながら、鮎美が僕の横に座って、彼女が手紙を読み終わるのを待った。

 

手紙を読みながら鮎美は大きな瞳から音も立てずに、ポロポロと涙をこぼしていた。黒い瞳がまるで壊れてしまったように、ただただ涙を流し続けていた。

 

鮎美は僕の横から立ち上がり、泣いている僕の正面に立った。僕はまるで未咲が目の前にいて、僕のことを見ているような気がした。

 

「鏡史郎さん。この浴衣、きれいですか」

 

僕は鮎美が何を言っているのか、理解できなかった。大の大人が十八歳の少女の前で声を上げて泣いているときに、声をかけられるような内容には思えなかったのだ。

 

だが、次の言葉で僕の中の何かがはじけた。

 

「この浴衣、母のなんです」

「未咲の……?」

「十八になったら鮎美にあげるね、って母から言われていたものです」

 

そして鮎美は歩み寄り、座っている僕の泣き顔を優しく抱きしめた。僕は、自分の涙が未咲の浴衣を汚しているような気がして、どうにかして鮎美から顔を離そうとするけどダメだった。僕の心のやわらかく大事な部分が割れて、そこから無限に感情と涙があふれてきて止まらなかった。僕は鮎美と一緒に未咲に抱きしめられていた。

 

鮎美は最初、きちんと背筋を伸ばして僕を受け止めてくれていた。でも僕があまりに泣くから、彼女は奥歯を噛み締めているのが僕にもわかった。それからこらえきれなくなって、鮎美も崩れるように泣いた。二人で泣いた。

 

今はここにはもういない、愛する同じ人のことを想い、二人してずっと泣いていた。

 

★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 

 

「本当にさみしいお葬式だったんですよ」

 

ちょうど僕たちが泣き終わって、落ち着いた頃に浴衣姿の颯香が戻ってきた。未咲の葬儀のときの話になった。

 

「僕は出れなかったから、残念だ」

「自殺したってことを隠していて、なんかお母さんがわるいことしたみたいでいやでした」

 

鮎美の言い方には無念さがあった。僕は自分が参列できなかったから、つらい。そして鮎美は母の葬儀に参列したからこそ、つらかったのだろう。僕は鮎美と颯香にそんな思いをしてほしくなかった。できるだけ未咲を明るく見送りたくて提案した。

 

「3人でお葬式をしよう。さみしくないやつを」

 

僕らは花火やジュース、お酒とグラスを買って、僕と未咲の母校である廃校に行った。

 

「楽しい未咲のお葬式をしよう」

 

二人とも浴衣姿だった。廃校のプールの底でする花火はきれいだった。僕は二人が描く花火の残像を目に焼き付けた。僕は透明なガラスのグラスに甘い匂いのする黄色い液体を注ぎ、水が入っていない廃校のプールサイドにおいた。

 

「未咲には甘い梅酒を」

「母ってお酒飲めたんですか?」

「本当はダメだけどね。何度か飲んだことあるよ」

「あの人が酔っ払ってるのが嫌で、家では母はアルコールを口にしたの見たことありませんでした」

 

鮎美は顔を曇らせた。

 

「そっか、未咲は全然アルコールに弱かったからね。やっとゆっくり酔っ払えるかもね」

 

鮎美と颯香は二人でケタケタ笑いながら花火をしていた。

 

「未咲、楽しいお葬式だろ」

 

つぶやいた僕の声が聞こえたのか、鮎美が僕の方を向いて言った。

 

「きっと母も喜んでます」

 

颯香が梅酒に手を出そうとして、僕がピシャリと手を叩く。いいじゃないですか、夏休みも終わるのに〜、と笑いながら言う。僕自身がジュースしか飲んでいないのだからダメです、とおどけて答える。もし飲んでいたら今日の僕は醜態をさらすに決まっている。

花火が一段落して、鮎美と颯香が僕のそばに寄ってきた。

 

「楽しいですね」

「うん、楽しいね」

 

大学生の時、僕は未咲から一生分の喜びと悲しみをもらったのだと思っていた。疑うことのないほど幸せで、そのあと君に振られて、これ以上はないほどの不幸を経験したと思っていたよ。

 

でも君が今ここにいないのが本当に悲しい。自分でこの世を去ったと聞いて、世界が終わったような後悔の念しか浮かばなかった。自分がなにかできたんじゃないかと今でも胸が焼けるように思える。楽しんじゃいけない気がするけど、でも楽しい。この世界は優しさで満ちているよ。

 

「みんなで幸せになろう。未咲のためにも。小説家なのに、僕はそんなありきたりのことしか言えないんだよ」

 

楽しくお葬式をやろう、と言っていたはずの僕がまた涙声になってきて、鮎美と颯香が僕に寄り添ってくれる。二人は僕の背中に手を回して、まるで赤ちゃんにするようにポンポンと叩いてくれる。

 

そして三人で手を合わせた。ああ、楽しかったね、お葬式。お母さんも喜んでいるよ、二人は無邪気に笑っている。未咲、僕は君の死をこの楽しく美しいお葬式と一緒にいつまでも覚えているよ。

 

花火の煙がたなびいて、まだ夏の匂いがしていた。

 

<了>