勤務医開業つれづれ日記・3

マンガや書籍、クリニック開業関係について書いてます。「院長の漫画カルテ」http://www.manga-karte.comで【速報】中!

【告白】ブログ管理人のブロフィール的な、そして今まで言えなかったこと【言葉にできない】

 

 

ほとんど初めてだけど、ちょっとだけ自分について書きたい。

匿名ブログをやっていたらなんでも書けると思うかもしれないけど、自分はそんなことはない。匿名でも全く書けない領域もある。いっぱいある。

 

f:id:med2016:20170914231356j:plain

 

 

いつも色々書きたいけど、書けない時もある。

 

いつも色々書くけど、本当に言いたいことはこんなことじゃない。

 

 

 

これから書くことは川に飛び出している石のようなもので、石の上を上手く渡ることができたら川の対岸にいる今の自分の位置にたどり着く。でも本当に大事な石の部分は川の中の部分で、きっと自分には書き表すことができない。そして時間とともに川の水は流れていて、元の流れはすでにはるか彼方に過ぎ去ってしまい、希釈され蒸発している。

 

 

飛び石を飛んでみよう。

 

 

 

・自分は国公立の医学部を卒業して医師になった。それしか道がなかった。

 

・両親は自分の大学受験にピッタリ合わせるようなタイミングで離婚調停を行なっていた。離婚の嵐の中で自分は大学受験をした。現役の受験は上手くいかずに浪人した。最終的に両親は離婚した。

 

・現役、浪人とも国公立大学の医学部だけ受験した。不合格だったら高卒で働くつもりだった。覚悟はしていた。

 

・どうにか国公立の医学部に入学し、日本育英会(今の日本学生支援機構)の奨学金第一種をもらった。無利子の奨学金で、極端に貧乏な子供だけにもらえる奨学金だった。

 

・高校と大学では空手をやっていた。理由は簡単。空手は道着以外にお金があまりかからないからだ。インターハイでは左膝を壊してレギュラー落ちした。今でも左膝は寒いと痛む。

 

・両親が離婚した日、吐いた。胃の中が空っぽになるまではいた。自分にとって「いままでの家庭はウソでした」と宣言された日だった。

 

・弟も医学部に入って、医師になった。そして急病で死んだ。

自分がこの一文をブログに書けるようになるまでには、とてつもない時間が必要だった。本当に本当に長い時間だ。

 

・高校生の川の向こう側の自分は、川のこちら側まで続く石があることを知っている。でも対岸までは遠く、そして見えない。人間を信じられず、それでも自分の実力だけを信じて川を渡ることを決意した。

 

・自分がずぶ濡れになりながらも川を渡りきったのを見て、弟も一緒にわたってきた。そして二人とも医師免許を取った。

 

・私はアメリカに行き、弟は日本で急病で死んだ。

 

・アメリカから帰国し、弟が死んでから酒が飲めなくなった。酔えなくなった。ウイスキーもバーボンもスコッチも大量に家にあったが、全部捨てた。いま家にアルコールは料理酒しかない。年に1、2回、会合でビールを口にすることがあるが、もう美味しくはない。たぶん二度と美味しくはなれない。

 

・酔うと弟がそばにいる気がするからだ。

 

・一年前に一度だけブログ記事で弟のことを書いた。そしてすぐ消した。まだブログのアクセスは一桁だった。だからブログ読者の数人だけが弟の記事を読んでいる。

 

・今の自分は子供の頃に読みたくて、でも貧乏で読めなかったマンガを楽しみながらブログを書いている。子供のように読んで、昔の自分や弟に対して書いているみたいにブログ記事を書く。時々ものすごく心に刺さる作品があると泣けてくる。泣いた、ってかいてあるのは誇張じゃない。少なくとも当ブログの記事に関しては。

 

・自分としては自分の人生は大番狂わせ、ジャイアントキリングの連続だ。勝てない試合に逆転勝利し続けてきたと思っている。それでもすごい人が世の中にはいっぱいいる。上には上がいる。どうしてそんなことができるのか自分には見当がつかない。

 

・自分はマンガ読んで、ブログで感想書いて、いいですね、って言われるだけですごい幸せ。

 

・こういう記事を少しずつでも自分が書けるようになって、100%個人的な記事を読んでくれる人がほんの少しでも世の中に存在してくれていることに、心からありがとうと言いたい。読んでくれる人がいなければブログは続けられなかった。

 

・将来のことなんてわからないけど、きっとこれからもブログを書いていく。

 

 

 

 

当ブログに来て読んでくれている人には本当に感謝しています。改めて言いたいと思います。

ありがとう。

これからも頑張ります。ではまた。